文/S.Hiramatsu
ピックアップチョイスとしてご紹介するのは、「2025年モデル アバルト 595 F595」。コンパクトな車体に秘められた走りへの情熱が迸る。
現在、フィアットの車両をベースとした魅力的なスポーツモデルを世に送り出しているアバルト。一見よく似ているが中身は全く違うフィアットとアバルトは、コンパクトハッチの持つさまざまな側面を表情豊かに見せてくれている。
その昔、カルロ・アバルト氏によって、アバルトはフィアットとは全く異なる独立した会社として設立された。オーストリア生まれの彼は、2輪レースなどで若くから活躍し、イタリアで自動車開発に携わっていた。1949年、イタリア・トリノで「アバルト」社設立。この当時からフィアットをベースとして走りに特化したさまざまな手を施していたアバルトは、まごうことなく世界初のチューニングブランドであった。
当時は現在よりもさらに小さな車格を持ち、本当に「可愛い」ペットのような存在であった小型車たちが、自分より大きな排気量のクルマをも凌ぐ「毒」を秘めた存在へと変化。レース場でも脚光を浴びたその姿は、多くの人の心を掴んでいった。
FIAT傘下に入ったのは1971年のこと。同社の競技車専用部門として現在も多くのファンを盛り上げている。
エンブレムのサソリの由来はアバルト氏自身の星座。他にも「形が真似しにくい」「小さくても毒がある」という2つの思想に基づいている。アイコニックで唯一無二のFIATの車体にスポーティーさが絶妙に融合したスタイリングに、他の車たちを機敏に刺していくすばしっこさがそれらを見事に体現している。
アバルトが生んだ変貌ぶりは、車そのものの性能の向上だけにとどまらない。それを取り巻く環境や乗る人々、すべてを巻き込んだコーディネートに魅力が詰まっている。
元になったFIATの車体(例えばFIAT500)はコンパクトなサイズがイタリアの狭い路地にぴったりだ。その車格のおかげで街中をするすると抜けていけるし、路駐が当たり前であるイタリアの街中では、気になるお店の前のわずかなスペースに停められるサイズ感が本当に重宝されるのだ。親しみやすくも上品なデザインは伝統的な街並みとの相性も抜群。カラーリングも多種多様で、街で過ごすワンカットに華を添えてくれる。友人や恋人と気兼ねなく乗れるこの車は、まさに「足車」として、毎日をちょっと身軽にしてくれるようなクルマだ。
ではアバルトのモデルはというと、その身軽さをサーキットで最大限活かすことに注力し、FIATとは異なる俊足マシンに仕上がっている。小さな車体はレース内での隙を逃さず、するりと入り込みその車を抜き去ってしまう。わずかな隙間を高速で「刺す」姿はまさにサソリが獲物を捉えるように、不意打ちの恐怖をも伴う存在となる。そんな車体におけるデザインはインテーク形状が奥行きを伴い誇張されたり、スポーツシューズのようなコントラストカラーのモデルがあったり、あるいはダークにワルい印象でキマったりというように、街中でFIATが見せる表情とは全く違うものとなっている。走ることに特化したアバルトの車両は、コンパクトカーが持つポテンシャルを現実のものとし、人々を刺激する存在だ。
余談だが、60年代のイタリアでは「アバルト化する」という動詞すらできてしまって、国語辞典に載ったんだとか。小さくてもすばしっこいもの、刺激的なものへの変貌を表し、カスタムした愛車や足の速くなったペットなどに使われたらしい。「アバルト化したウサギ」といった具合だろうか。当時の人々にとってチューニングメーカーの誕生、そして車両の活躍がどれほど印象深い出来事だったのかが、垣間見えるエピソードだ。
今回紹介する個体は、アバルトがエンジンを供給する「フォーミュラ4」というモータースポーツが由来の「F」の名が冠されている。有名な「F1」というのは「フォーミュラ1」のことで、世界最高峰の自動車レースとも言われている。「フォーミュラ4」は言うなればそこへの登竜門。若手レーサーが挑戦するこの舞台において、アバルトは重要な役割を担っているのだ。
全長3,660mm ×全幅 1,625 mm×全高 1,490mmの小さな車体は、見る人を惹きつけるアイコニックなシルエット。そこに積まれるのは、なんとフォーミュラ4に供給されるエンジンと共通ユニットが採用された1.4リッター直列4気筒ターボエンジン。最高出力165ps(約121 kW)、最大トルク210Nm(約21.4kgf・m)を生み出し、確かな性能が走りの楽しさを裏付ける。トランスミッションはマニュアル、駆動方式はFF。
見る人を笑顔にさせてしまう愛嬌のあるお顔には、丸いライトがきらりと輝く。下回りはインテークのユニットがやんちゃな印象。左右でハの字に踏ん張り、フェンダーとともにタイヤへの荷重を感じさせる佇まいを見せる。インテークだけでなくエンブレムの台座やミラーも艶消し表現で、素材感の違いによる充実感を持たせつつ、全体のまとまりも生まれている。
元となった「FIAT 500」がかなり丸みを帯びたシルエットのため、この角度で見た時のフロント下回りの張り出しが印象的。500は大きな塊に開口したという印象だったが、595では別形状を上から取り付けた「エアロ感」の強い印象に。
サイドビューでは、ボンネット下端からのプレスラインが後ろまで伸びて大きな軸となり、やや尻上がりであるため前傾姿勢を構え、前にグンと進み出すような絶妙なバランスを持っている。さらにエアロ形状が足回りの低さも強調し、スポーティーな仕上がりに。メタリックのボディカラーは光と影をよりエモーショナルに反映させており、フェンダー上で生まれるグラデーションは4つ足の踏ん張り感を強調する。もともと狭かったフロントエリアに、ターボエンジンやインタークーラーを詰め込んだ構成であるため、フロントオーバーハングはリアと比べるとやや長くなっている。
フロントから繋がるプレスはそのままリアへとつながり、車体を一周。整然と配置されたテールライトやリアゲートといった要素の中で、レース仕様のバンパーが存在感を放つ。縦型4本出しマフラーは専用設計で、アクセルに呼応するように痛快なサウンドでドライバーの気持ちを高める。ディフューザーは大胆で立体的な造形となっており、つるんとした面構成のリアビューを刺激的なものにするスパイスだ。
サソリのエンブレムが鎮座するアルミホイールは、細いスポークで構成されている。それぞれのパーツで奥行きがしっかりとされており、段差表現も多用。構造体としての強度を保ちつつ洗練されたスポーティーな印象で足元を仕上げる。
インテリアは丸みを帯びた要素でまとまりつつ、ブラック基調の空間に金属調のシルバーが映える。アクセルを踏むとレース譲りのターボエンジンが車体を押し出し、小さな車体は軽快に加速していく。上位のコンペティツィオーネというグレードで前後標準装備となっているKONI製FSDショックアブソーバーはF595ではリアのみに装備。これにより乗り味が固くなりすぎず、日常の運転でも扱いやすい仕様となっている。
丸みを帯びたあしらいが可愛らしくもありつつ、製品として飽きのこない絶妙な立体感を持つ。台座形状のわずかな面の変化やスイッチ一つ一つのボリュームが光と影を生み、物理スイッチの魅力を一段と高める。シフトレバーは一見すると丸く可愛らしいが、シルバーで少し無骨な素材感を持ち、そのバランスがやはり絶妙で心地よい。
シートはFIATのものと大きく異なり、完全にスポーツモデルとしてデザインされている。ファブリック素材の中に金属調のシルバーガーニッシュが埋め込まれたビジュアルは通常のコンパクトカーとは大きく異なり、チューンアップされた車に乗っている高揚感を高めてくれる。
後ろが大きく傾斜した造形のため、トランク容量はやや犠牲に。走るための車であるから、優先事項としての順位は低めと捉える方も多いかも。通常時185L、後席格納時が550L。
今回紹介したモデルは、FIATの持つ可愛らしくまとまった車体をベースに、本格的な走行性能が融合した一台だった。かつてチューニングカーブランドのパイオニアとして世の中に新たなカテゴリを生んだアバルトはこうして受け継がれ、さらにカーレースの未来を創る舞台でエンジンを供給している。「F」の称号がその歴史を投影している以上、アバルトやレースにおける人々の思いも詰まった特別な一台であるということは想像に難くない。
走りへの飽くなき憧れと敬意の詰まったF595は、多くの車好きと心を共にする等身大のような車。ひとたびアクセルを踏めば、現代だからこそ楽しい車に乗りたいという純粋な心を、まっすぐ刺してくれることだろう。
この車両は、BUBU MITSUOKA宇都宮ショールームにて取り扱っております。詳細はお気軽にお問い合わせください。




リアゲートにはサーキットコースとチェッカーフラッグのパターンが組み合わされたF595グレード専用エンブレム。

スピードメーター横にはブースト圧計を標準装備。エンジンの鼓動が高まる様子をスマートに示す。

